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サクラのエリコ 第一話「未成年」 

第一話「未成年」   


「冗談じゃないよまったく!」

窓のないオフィスで怒声がコンクリの壁に響く。

「いーじゃんバレなきゃ問題ないっしょ」

髪のセットもできないまま呼び出されたエリコは、ふてくされた顔で言った。

キャバクラ「クリステン」カブキ街で名の知れた店の開店前のやり取り。

マネージャーと勤務態度の悪いキャバ嬢とのこんなやり取りは日常茶飯事な事だ。


しかし今日は少し様子が違う。


エリコは他のキャバ嬢に比べて比較的まじめな方だった。


「バレたら一大事だろうが!未成年雇ってたなんて表に出てみろ、店は営業停止どころじゃ済まないんだぞ!」


言い返す言葉もない。
しかしそれを顔に出すのも癪なエリコは、ふてくされたまま髪をいじるフリをした。


「お前がのおかげで店の売り上げが上がったのはありがたいけどな、営業停止くらっちゃ従業員一同路頭に迷うんだよ」


「あーマネージャー子供できたばっかだもんね~、店のNo3ハラませてよく追い込まれなかったよね」

 
軽口を叩くとケタケタと笑うエリコ。
笑うとあどけない表情が八重歯と一緒にチラリと覗く。


「とにかく今日でクビだ」


「ええええ~!ちょっと困るっての!明日からあたし生活どうすりゃいいのさ!」


「お前をこのまま雇ってたらこっちの生活が危ういんだよ!」







まったくもって不条理な世の中だ。


その辺の大人ぶっているOLよりたくさんの男と寝た。


親の顔も憶えていない。


結婚はまだだけど普通にノホホンと生きてる女よりずっと色んな経験をしてきた。


なのに16年しか生きていないと言うだけで未成年扱いだ。

見た目も大人っぽいって言われるし、自分の父親ほどの中年オヤジを夢中にさせる能力にも長けている。



大人が大人としての責任を果たしていない世の中で、未成年が大人の代わりをする事のなにが悪いのか。



「あ~らエリコちゃんすっぴんでどうしたの?」


クリステンのNo2、智花だ。

10歳も年下のエリコ営業成績を一度も抜いたことがない。

シカトして出口への階段を駆け上がろうとするエリコ。
智花はすれ違いざま、鼻で笑いながら言った。


「ガキが調子にのるからよ」


この店で私が未成年だって知ってる、いや知ったのはマネージャーだけのはず。

…こいつがどこからか情報を手に入れてマネージャーにチクったのか。


「あんたがチクったのね」


「何の事お嬢ちゃん?」


そう言うと智花はアハハハと笑った。

普段客の前で見せる甘くて軽い愛想笑いではない。まるでお笑い番組でも見ている時のような下品な笑いだ。


パキッ。


それがエリコの頭の線が切れた音だったか、小さなコブシが智花の顔面にクリティカルヒットした音かどうかは覚えていない。


今日に限って大きめのリングをはめていた右手は簡単に智花の鼻骨を砕いた。








後の事はよく覚えていない。

ガッシャンガラガラと智花がもんどりうって倒れ、うーうーとうめき声を上げていた。

自分のコブシをみて思わず


うをっ



っと叫びそうになるくらい血がついていた。


16にして結構な修羅場をくぐってきた経験からか、エリコは反射的に店を飛び出していた。


血を見たらとりあえずダッシュ。それ以上殴り続けるのは猿のやることだ、と昔付き合っていたチンピラに教わった。
あいつとは散々な思い出しかないけれど。


やっべー警察沙汰になるぞこりゃ!






ほんっと不条理だ。


悪を成敗した正義のヒロインが走って逃げることになろうとは。


こんな事はエリコの人生の中で初めての事ではないのだが…。


夕暮れのカブキ街の人の流れとは逆に、エリコは走り出した。

空には異常な速さのカラスが東に向かって飛んでいったが、彼女にはそれを気に止める余裕もなかった。




「まじやべえわ~」


このまままっすぐマンションに帰るのもまずい。警察に通報されていたら真っ先におまわりさんが来るだろう。
そこまでアホでもないエリコは、とりあえず親友のカスミに助けを求めることにした。



ありったけのストラップを付けた携帯をバッグから取り出す。


着信アリ。


マネージャー 16:32 30秒
マネージャー 16:33 30秒
マネージャー 16:34 30秒
マネージャー 16:35 30秒
075881XXXXXX 16:35 02秒
マネージャー 16:36 30秒


何かの呪いのように留守電に切り替わるまでガンガンにかかってきた様子が伺える。


...一個だけワンギリがあったのが悩ましい。





これはちょっと本気で雲隠れしよう...


慣れた手つきでカスミの電話番号を探し出す。

私用の携帯の通話履歴はほとんどカスミなので呼び出すのは簡単だ。


トゥルルル…


「もしもーし」


「カスミ?エリコだけど~」


「ただいまバイト中でぇ~す、御用の方は...」

留守電に話しかけてしまった恥ずかしさ。

誰に向って恥らうわけでもないが、思わず通話を終了した。


エリコはあまり留守電が好きではない。
なぜかと聞かれると、なぜだろうとしか答えられない。

とりあえず好きじゃない。

恐ろしく早い指使いでメールを作成する。

=======================
緊急!タスケレー(;´Д`)   

byエリコさま
=======================

律儀なカスミならメールに気がつけばすぐに返事をくれるだろう。

そういえば今日は木曜、最近始めたバイトが入ってると言っていた気がする。

とりあえずカスミから返事がくるまで個室のある漫喫で身を隠そう。


エリコは早足で駅のの東口方面へ向った。

ワン○ースの新刊でてたっけなあ。




カスミのバイトは22時頃までだったはず。
なんだかまた怪しいバイトを始めたって言ってたっけ。


エリコはホストのキャッチをかわしつつ、漫喫にたどり着いた。

22時までの数時間、がっつり漫画を読むつもりで3時間お得パックを頼んだ。


そういえばココ最近漫画を読んでいない。

昼夜逆転の仕事になってから余裕がなかったな、と暗い階段を昇りながら思った。




運よくお目当ての海賊漫画は誰も読んでいなかった。

こんなに新刊でてたのか!とまずは3冊ほど鷲づかみにし、個室に立てこもることにした。


むやみに豪勢なソファーに体を沈め、フーッとため息を付く。

ああ、ドリンクバー…と思うと同時に跳ね起きる。


半分以上氷の入ったコーラを準備すると、今度こそとばかりにソファーに飛び込んだ。


...ゾ〇かっけ~


一冊、二冊とむさぼるように読むエリコ。
ふと時計を見ると19時を過ぎている。


この調子じゃ22時なんてすぐだろう。




突然ブブブブ、ブブブブ、と携帯が震える。


マナーモードにしてあるものの、バイブが振動する度にありったけのストラップがジャジャジャジャ、とテーブルを激しく叩く。

着信音より耳障りだ。


一瞬ビクッとなりながら虫を叩くようにバシッと携帯を掴む。


カスミか?

=========================
件名:今すぐ会えますか?

本文
主人が単身赴任で寂しい思いをしています。
だめだと解っていても体の疼きを止められなくて...
大人の関係で会えませんか?
http:xxxxxxxxxxxxx

=========================

死ねばいいのに。


と言う意味の篭った舌打ちをすると、携帯をバッグに放り込んだ。


出会い系サイトの迷惑メールは本当にうざい。
明らかに男性向けのメールが平然と女の園に飛んでくる。


どんな奴がこんなメールを打ってるんだろう?


こんな事をして儲かるんだろうか?


そんな疑問が浮かんだが、すぐに漫画の続きに掻き消された。






ようやく22時になる頃には、エリコの目の前に漫画の山ができていた。

読んだらすぐ元の場所に戻さない、デフォルトでマナーなど彼女の常識にはセットされていないようだった。


ムモモモモ、ムモモモモ、カバンの中でくぐもったバイブ音が響く。


今度こそカスミでありますように、と携帯を開く。彼女のド○モのP902のワンタッチ開閉ボタンは、押しすぎて戻ってこなくなっている。


着信:千早香澄


「もしもし?チョッパ?」

チョッパ、とはカスミのニックネームである。

千早(ちはや)という苗字と、行動が早いことから付いたらしい。


「おーエリコーごめーん今バイト終わった!どしたんさ?」


「ちょーマジ最悪なんですけど!」


携帯通話は店外で、という漫喫の常識を無視してエリコは事情を話し始めた。





「ギャハハハ!やるじゃんエリコ!」


「笑い事じゃないっつーの、カブキ街で指名手配とかマジ洒落になんないし!」

「武闘派だよね~w」


「というわけでさ~しばらくかくまってくんない?」

「おっけえおっけえ、今どこよ?」


さすがチョッパ、即答快諾。
天使のような子だわ、ウルウル。


以前彼女が地方から東京に出てきた時、エリコの家にしばらく居候していたことがあった。
今度は逆の立場になるわけだ。
エリコにとって何の気兼ねもせずに一緒にいられる「親友」と呼べるのはは彼女くらいだった。




新宿駅西口のファーストフードでカスミと待ち合わせする事にしたエリコ。


空腹だったがコーラだけしか注文しなかった。


お金がなかったわけではない。


新宿の有名店でまがりなりにも一年間No1だったのだ、小さなマンションくらいなら買える貯金はある。

ブランド品など、仕事で使う最低限のものくらいしか興味がない。


「大量生産された女」


ブランド品で着飾るとそういう人種になってしまいそうで嫌いだった。


他にホストに狂うわけでもない、金のかかる趣味があるわけでもない。


貯金の残高が増えるのも当たり前だ。


それに空腹を我慢したのにはちょっとした期待があったからだった。



程なくしてカスミがやってきた。ちょっと走ったのか少し息が乱れている。


「ごっめ~んエリコ!待った?」


全然待ってないのに走ってきてくれたなんてホントにいい子だ、
とエリコはカスミを抱きしめたい衝動に駆られた。

「あ~んちょっぱ~ん」

「はいはいエリコイイコエリコ」


カスミがエリコを慰める時のおきまりの台詞。


カスミはエリコより3つ年上なせいか、なんだか甘えたくなる魅力があった。




「も~聞いてよ~」


「と、その前にあんたこんなとこにいていいの?」

「あ」


「もう、取りあえずうちきな~、しばらくかくまってやっから。飯食った?」

「まだー!!!」


待ってました、とばかりにエリコは満面の笑みで答えた。


空腹なのにコーラしか注文しなかったのはこれを期待していたからだ。
カスミは料理が非常に上手く、エリコは彼女の家にお呼ばれするのを非常に楽しみにしていた。




24時間営業のスーパーで軽く食材を買い込み、二人は大久保にあるカスミのマンションへ向かった。


ハングル文字や、やたらと漢字の多い看板の溢れた繁華街を抜け、ホテル街のさらに奥にカスミのマンションはある。


夜中にあまり一人歩きしたくない場所だが、カスミはなんとも思っていないようだ。
それもそのはず、カスミはモデルのような華奢な体からは想像もできないほどケンカが強い。
夜道で暴漢に襲われたところで返り討ちにするだろう。





エリコは彼女と初めて出会った時、それを目の当たりにしている。


暴力的な元カレとの別れ話のもつれから、路上でそいつに殴られていた時にカスミは現れた。


自分より遥かに体格のいい男を、ものの数秒で失神させたのである。


その日地方から出てきたばかりで行き所のなかった彼女を、エリコは即自分のマンションに招きいれた。
その晩二人で飲み明かし、がっつり意気投合したのは言うまでもない。

エリコはその時から彼女に恩を感じているし、
カスミもそのまま約半年居候させてもらった恩を忘れていない。


居候している間、エリコが男を一切部屋に入れなかった事もカスミは知っている。
(それを知っていたから半年で自分でマンションを借りたのだが)




カスミのマンションにつくと、数分で部屋いっぱいにいい香りが広がり始める。


カスミの料理の手際のよさは絶対に真似ができないとエリコは思う。


「いただきま!」


す、を言う前に箸を伸ばすエリコ。うまいうまいと料理をどんどん口に運ぶ。


「ほんっとうまそうに食ってくれるね~」


「らってちょっぱご飯ちょーうめえもん♪」


「結婚すっかオイ?」


「や~ん二十歳になるまでまってぇ~ん」


そんな冗談を言い合ってるうちに、エリコは今日の出来事をすっかり忘れた。



エリコは満腹感が全身を包み、非常にリラックスした状態だった。

こんな幸福な感じは何ヶ月ぶりだろう?

少なくともキャバクラで働いてる時はなかった事だ。

「そーいえばちょっぱさ、新しいバイト始めたんでしょ?」


「おうよ~もう一ヶ月になるよ」


「なにやってんの?」


「出会い系サイトのサクラ」


「はぁ~?なにそれー?」

「男とメールのやり取りして金巻上げんのよ」


「それ詐欺くねえ?」


「それいっちゃあんたのキャバだって似たようなもんでしょ、ヤラせる気ゼロのくせに」


「そのキャバをクビになったんっすよ~」


嫌なことを思い出してしまった、とクッションに顔をうずめるエリコ。


「いや、自業自得だし。あんた結構童顔なのによくいままでばれなかったよね」

「そこは経験とメイクの魔法ですよ」


「で、これからどーすんの?」


「しばらくここに置いて♪」


エリコはいつもキャバで上客におねだりをする時の仕草ではにかんだ。


「いいよ~世間に忘れられるまでここにいな」


「あ~そりゃ10年くらいかかるわ」


カスミが嫌な顔一つせずに快諾してくれるのはわかっていたが、やはり嬉しかった。


「そうだエリコ」


「にゅ?」


「あんたうちでバイトしたら?今募集してるよ」


「え~サクラ?」


「うん。あんたのキャバでの実力があればたぶんトップのサクラになれるんじゃねえ?」


「サクラのトップとかマジヤベえし」


キャハハ、と笑ったものの、それも悪くないかもしれない、とエリコは思った。カスミと一緒に働けるのも楽しいし(カスミを以前キャバに誘ったが断られた)ちょっとサクラのバイトにも興味があった。


エリコは翌日、証明写真を撮り、コンビニで履歴書を購入した。




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