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永遠なんて一秒で決まる。

人間と言うものは、体内に血脈が流れ続ける限り時間という概念を感じずにはいられない。さらに言うならば空腹感という感覚がある限りそれは顕著に出るだろう。

時間が経てば経つほど、過去の出来事は蓄積され続け、それに比例して後悔と言う感情に責悩まされる。

あの時こうすればよかった。
あの時こう言えばよかった。
あの時助けてあげられたはずなのに。

しかし幾ら呪文のように呟いた処で過去を修正できる魔法は唱えられない。
それを少しでも和らげるための呪文はある。

「あの時の自分があったから今の私がいる」

少し、ほんの少しだが心の痛みを和らげるモルヒネ代わりにはなるだろう。

人間は卑しく虚しい生き物で、未来が訪れてから過去の行為を悔やみ、あの時こうしていればなんとかなった、と自惚れるのだ。
どうにもならない事はどうにもならない。

俺はその卑しく虚しい人間の標本になれるくらい自惚れた人間であるから様々な後悔を抱えている。
胸に抱えた籠から一つまみ取り出しては酒の肴代わりにひと舐めし、苦味を楽しむのだ。

あの時、あんな事を言わなければ。
あの時、あの子の想いを受け入れていれば。
あの時、あの場から逃げ出さなければ。

だけれどこう思う事もある。

あの時、何も言わないでいたら明るい未来を開けたのだろうか?
あの時、あの子の想いを受け入れていれば彼女は幸せになれただろうか?
あの時、あの場に留まっていたらあの娘は今頃死なずに済んだだろうか?

きっとその先にも選択を迫られる出来事があって、結局は新たな酒の肴が増えただけではないか。

あの時の自分があったから今の自分がいると言う台詞は至極最もではあるし、当たり前の現象だ。

でも俺は、それはそのためのものではないと思う。
あの時、ああしたから未来が決まったのではなく、あの時ああしたから今こういう選択肢ができるのではないか。

毎秒呼吸をするという選択肢も、過去の恥を忍んで大事な人に想いを打ち明けた事も、生家から遠く離れた場所で思い悩む事も、
あの時の選んだ経験があるからこそ、今新たな選択肢に迫られた時に判断ができるのではないか。

実際のところ過去にも未来にも自分は居やしないのだ。

必要なのは今息を吐くか吸うか、煙草に火を付けるかの選択。
今携帯からこれを見ているおまえの選択は過去の選択の賜物なのだ。

そんな「既に」「未だ」存在しない自分に向けて何を考える事があるのだろう。

しかし、矛盾しているかもしれないが「後悔」と言う事に対して俺は美しさを感じずにはいられない。
自分自身の過ちに涙し、反省し、思い出してはまた涙する行為は美しくはないだろうか。
他人を恨む気持ちや蔑む心や根底に真っ黒な反吐がある気持ちと比較すれば、自身を責めるという償いの行為のなんと美しい事か。
誰に迷惑も掛ける事が無いならば、多いに後悔すればいい。
後悔をしない人間にはわからない美徳を知る事ができれば価値がある行為ではないか。

そう考えたからこそ、再発した腰痛を労わるために湯船につかるか否かの選択肢に迫られた挙句、浴槽に栓を落とし赤い印のついた蛇口を捻った。
これは今の自分の行為である。




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